服薬ケアと薬識(第2報)

〜Patient Orientedな薬物治療成功のために〜

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服薬ケア研究室


第24回日本POS医療学会にて発表

日付:平成14年3月23日(土)、3月24日(日)
会場:川崎医療福祉大学
演者:岡村祐聡


目 次


初めに

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 薬剤師の医療を再構築した概念である「服薬ケア」とその指標として非常に有効な概念である「薬識」について、それがどんな考え方であり、日常生活の中で行う薬物治療においてなぜ重要であるかについては昨年の本学会において第1報として報告しました。今回は薬剤師としてどのようにPatient Orientedな服薬ケアを成功させていくのかを、患者さんの受診行動に沿った薬識形成の流れを追うことにより考察してみたいと思います。

 まず初めに服薬ケアとはどんなものなのでしょうか?

図1

 服薬ケアとは、薬物治療を行う患者さんのQOL向上のために、薬剤師が行うケアを言います。そしてそれはPatient Orientedな薬物治療が成功するために薬剤師が行う関与をすべて総称したものと言えると思います。

 服薬ケアおよび薬識については、これまでに何度か発表して来ておりますので、ここでは定義のみを掲示いたします。

図2

図3

服薬ケアの特徴

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 それでは、服薬ケアとはどんな特徴を持っているのでしょうか。ここでは薬剤師が患者さんの薬識形成に関わることによって、Patient Orientedな薬物治療を成功に導くことが期待できるという今回の論点に沿って、その特徴を振り返ってみることにします。

図4

 患者さんが何かを訴えたいときに、そのままストレートにその気持ちを伝えてくださることはほとんどありません。たとえ何か訴えたいことを抱えていらっしゃったとしても、それをそのままストレートに表すのではなくて、質問など、違った形の行動を通して訴えられることが多いと思います。

 そんなときに大切なのが「感情への着目」です。表面的に表われた行動に隠された、背後の感情を探ることにより、患者さんの真のニーズを掴むことがはじめて可能になってくるのです

 薬剤師が患者さんの本当の気持ちにより近いアプローチを行うことができれば、きっとPatient Orientedに薬物治療を成功に導くことができるでしょう。そして今現在の薬識をできるだけありのままに受け取ることにより、薬剤師からのアプローチがより患者さんご本人の心に響くものとなり、有効な薬識ケアに結びつけることができるはずです。

 薬識を指標としてケアすべきプロブレムを抽出していくことも服薬ケアの特徴の一つです。そのためには薬識の概念をできる限り共有化して客観性を高めていくことが必要不可欠となりますが、薬剤師が薬識を研究し共有化することにより、それぞれの薬識の状態に対して効果的なケアの在り方を探求することは、薬剤師の担うべき医療とは何かをより明確にするという効果をも得ることができるので、とても大切なことだと考えています。

 もう一つ服薬ケアの大きな特徴としては、人間関係が及ぼす薬識への影響をとても重視するという点があります。患者さんが心理的な要因によって薬が飲めないとき、その多くが他者との関係の中で服薬や病気の事実を隠したかったり、人前で薬を飲むことを嫌がったりすることに由来しています。したがって、薬物治療を本当に成功させるためには、患者さんの人間関係をしっかりと把握して、必要なケアを行う必要があると考えています。

そして、家族関係を含めた患者さんの生活の在り方が、薬識に大きな影響を及ぼすと考えています。服薬ケアでは、薬物治療とそれに伴う生活改善もケアの対象として取り組んでゆくことにより、効果的にQOLの向上という目的に近付くことができると考えているのです。

受診の流れと薬識形成

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 それでは、患者さんが外来にて診察を受け薬物治療を開始するそれぞれの段階において、どのように薬識が形成され、そこに薬剤師がどのように関わることによって、Patient Orientedな薬物治療を成功に導くことができるかを考えてみたいと思います。

図5

 この図は患者さんが受診するにあたって、初診から薬物治療を開始するまでの流れを簡略に表わしてみたものです。それぞれの段階において薬識形成に関わる患者さんの心の状態と薬剤師の関与に関して、順に考察を試みてみたいと思います。

受診

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図6

 患者さんが最初に受信するきっかけは様々です。その時の患者さんの心理状態を考えてみると、自分が病気であることを認めたくなかったり、あるいは気が進まなくてしぶしぶの受診であったり、また「病気である」ということに対する不安などを抱えているというように、本当に多くの不安や抵抗感を持っていらっしゃるはずです。そしてその様な心理状態の中で、最初の薬識形成のきっかけである医師からの説明を受けることになるのです。

診察室

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図7

 受診に当たっては、きっかけは何にしろ「どこかが悪いのだ」という漠然とした自己認識は持っているはずです。しかし医師より病名を告げられた段階でそれが確定的になるわけで、「自分の何が悪かったのか」あるいは「これからどうすればいいのか」という精神的な重荷を少なからず背負った状態であると考える必要があるでしょう。

 患者さんはその様な心理状態の中でこれから飲まなければならない薬についての認識を獲得することになるのです。私たち薬剤師が薬識を指標としてケアを進めていくにあたっては、この点を忘れてあはならないと思うのです。患者さんがこの時どのような気持ちで薬物治療に取り組もうと思うのかは、人により様々に違いがあるでしょうが、いずれにしろ患者さんの気持ちの在り方が以後の薬物治療をよりスムーズに進めるために重要な要素となってくることだけは間違いないはずです。

初回来局時

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図8

 そして患者さんは薬局においでになります。薬局において患者さんは実際に薬を受け取り、実感を持ってこれから取り組む薬物治療と向かい合うことになるのです。

 薬剤師の関与としては、処方鑑査などの薬学的なチェックが絶対に必要なことは言うまでもないことですが、服薬ケアでは患者さんの認識の中で、薬識の形成と、薬物治療への意欲獲得が、できるだけ理想的に行われるような関与が重視されます。ここでそれぞれの患者さんの心の状態にあった適切な薬識形成に成功すれば、簡単に飲み忘れたりちょっとした不都合で飲むことができなくなるなどのいわゆる“コンプライアンスの不良”はおこりにくくなります。薬剤師としての薬識形成への関与がとても大切な場面です。

再来局時

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図9

 患者さんが日常生活において薬物治療を続けていくにあたっては、薬を受け取りに薬局を何度も訪れることになります。この時もやはり薬学的なチェックが必要なことは言うまでもないことですが、それにも増して患者さんの心の中で不安や迷いが生まれていないか、薬物治療への意欲は持続できているかなどの薬識のチェックがとても重要になってきます。なぜならば日常生活の中で行われる薬物治療は、生活上でのあらゆる心の動きに影響を受け、薬識が大いに揺らぐのが普通だからです。

 このようにその時その時の患者さんの薬識を毎回丁寧にチェックすることにより、薬物治療はよりPatient Orientedで有効なものになり、患者さんにとって安全にそしてより安心して取り組めるものになるはずです。つまり薬の専門家である薬剤師が患者さんの感情へ着目し心の動きを踏まえた薬識ケアを行うことが、薬物治療成功のためには不可欠なことであると私は考えます。 P>

薬識ケアからマネジメントそしてコーチングへ

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 それでは次に、薬識ケアのポイントのうち一番大きな局面である、薬物治療への意欲獲得と生活改善への決意について考えてみたいと思います。薬物治療への意欲が獲得でき、それがに非常生活の中でも持続することが出来れば、飲み忘れたり、治療へ取り組む気持ちが衰えたりせずに、長い年月にわたる薬物治療を進めていくことが出来るようになります。生活習慣の改善も同じだと思います。そんなときにどんな点に留意しながらケアを進めていけばよいのでしょうか。それを考えてみたいと思います。

図10

 すでに述べたように、薬物治療を医師から指示されたあと、患者さんが「薬物治療を行う」ということに関して、どの程度受け入れ、どの程度意欲を持ってその治療に取り組むかが、薬物治療成功の大きなポイントになって来ます。そこに何か受け入れ困難なはっきりした理由があることもあれば、これから自分が薬を飲まなければいけないという事実を素直に受け入れることができなかったり、服薬に関して漠然とした不安を抱えていることもあって、患者さんの薬識は様々です。

 この時に薬剤師が適切な薬識ケアを行うことにより、薬物治療への意欲を獲得することができれば、Patient Orientedに薬物治療を進めていくことが可能になるはずなのです。

 また、薬識は日々変化するものであるので、長い期間にわたって薬を服用する慢性的疾患の患者さんの場合、治療を続けていく意欲が持続できるかどうか、あるいは、何か治療を継続するにあたって困難なことがないかどうかについてもケアしていくことが、薬物治療継続のためにはとても大切なことになってくるのです。

図11

 もう一つの大きなポイントである生活改善への決意にあたっては、注意された生活習慣に思い当たるところがあるかどうか、あるいはそれを受け入れ生活を変えてみようという気持ちになれるかどうか、などの心の動きをケアしていく事により、患者さんの自己決定による行動変容を促すことが可能になってきます。服薬ケアではこの点についても重視しており、薬を飲みながら送る日常生活の中で、少しでも生活習慣を改善し、QOLの向上を目指すことが出来るようにケアしていきたいと考えています。

図12

 生活改善を成功させるには、マネジメントの考え方やコーチングの考え方を取り入れると、より効果的に患者さんのQOL向上へ寄与できると考えています。お酒、タバコ、運動不足、肥満など、あるいは薬への依存や不安を解消または軽減するためには、単に注意したりその危険性を説明するだけでなく、患者さんの気持ちに寄り添いながら本人にその意義を理解してもらい、本人がその気になって取り組んでもらうように導く必要があるのです。これはまさにマネジメントであり、コーチングの技法が活用できる場面であると言えるでしょう。患者さん本人が自らその意義を認め、しっかりとした意識を持って生活改善や薬物治療の継続に取り組めるように、コーチングの考え方を取り入れたアプローチが有効であると考えています。

まとめ

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図13

 日常生活の中で薬物治療を行っていく外来患者さんの場合、服薬ケアの考え方が非常に有効である場面が多く存在します。そして薬識を指標として患者さんの薬識を目指したケアを行っていくことにより、患者さんのニーズにきめ細かく対応したケアが可能になってきます。それによって薬剤師はPatient Orientedな薬物治療成功のために大きな役割を果たすことができるのです。

[参考文献]

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