服薬ケアとPOS

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第19回日本POS医療学会にて発表

日付:平成9年3月1日(土)、3月2日(日)

会場:亜細亜大学

演者:今川薬局 岡村祐聡


目 次


初めに

図1

 

 開局薬剤師がPOSに取り組もうとしたとき、資料や文献の少なさもさることながら、POSに先進的に取り組む他の医療職と、開局薬剤師の医療の中でのあり方に種々の違いがあるために、非常にむづかしいものとなっています。そこで、保険調剤薬局においてPOSに取り組むための問題点、方法論、そして考え方を検討した結果、「服薬ケア」という概念を構築するに至りました。「服薬ケア」とは、医療現場における薬剤師の担うべき役割を改めて考察し、薬剤師にとっての医療の再構築を試みたものです。

 

薬剤師の専門性

 

 薬剤師がPOSを用いて医療を行うには、薬剤師にとっての医療とは何かが明確になっていないと、(S)や(O)からアセスメントすることはもちろん、プロブレムを見いだすことすらむづかしくなります。それは、各医療職の専門性に基づき、情報が収集され、分析、評価されるからであり、専門性が明らかになっていないと、目の前の患者さんの何に焦点を当て、問題点として見いだせばいいのかがわからないからです。

 これまで、各地で行われた薬剤師のためのPOSの勉強会、研究会などに参加してみると、特に開局薬剤師からは同じような質問が数多く見受けられました。

図2

 

 それは、

「カルテを見ることも出来ず、処方上の疑義でもない限り医師と話すことさえ出来ない状態で、検査値やバイタルサインなどの(O)情報を得ることが出来ない。」

「患者さんへゆっくりと問診する時間もなく、薬局へ来て同じことをまた聞かれることへの抵抗から、(S)情報すら十分に得ることはむづかしい。」

「外来で、院外処方となる患者さんの多くは、慢性的な症状の疾患であり、処方はDO、容体もあまり変化無しで、問題点を見つけることが出来ない。」

「毎日経過観察できるわけでもなく、2週間に1度ほんの2〜3分話すだけで、何か問題点があっても、それに対するケアをプランニングして実施していくことが困難である。」

などでした。

これらの質問が出てくる背景には、患者さんが医療機関に受診するときの一連の流れの中で、主に病院を中心とした他の医療職の立場と、保険調剤薬局の立場とで、次のような違いがあることがあげられます。

図3

 

 それは、

  1. 患者さんが処方せんを持って保険調剤薬局を訪れるときには、すでに診断は下り、初期の治療方針も決定された後である。
  2. 診察した医師からもたらされる情報は、患者の持参する処方せんのみであり、病名もわからず、カルテも見れず、検査値やバイタルサインなども、患者さんが話してくれない限りわからない。
  3. すでに病院で長時間待った上に、薬局でさらに待たなければならない。
  4. 薬局窓口で問診を最初からやり直すと、同じことをもう一度話さなければならないため、抵抗感がある。
  5. 外来に通院する患者さんの多くは、慢性的症状の生活習慣病の患者さんであり、処方の変更も少なく、容体の変化も少ない。
  6. 生活習慣病の場合、治療の成否はコンプライアンスを含む 日常生活の管理によるところが多く、患者さん本人の、薬識、病識、治療に取り組む意欲などが大きな要素を占める。

 

などの特徴を持っています。

 

POSへの取り組み

 

この様な特徴を持った保険調剤薬局において、POSへ取り組もうとしたとき、いろいろと工夫が必要となります。薬剤師がPOSに取り組み初めた歴史がまだ浅く、薬剤師向けの文献や研究報告は多くはありません。また、数少ない報告も主に病院薬剤師を中心としたものです。従って、看護婦や医師の文献を参考として試みるわけですが、参考とすべき文献や報告をそのまま引き写すと実情にそぐわない点が数多くあります。それらをSOAP形式に沿って考えてみました。

図4

 

(S)情報

 病院において患者さんは、何処がどう具合が悪いかをなんとかして医師や看護婦に伝えようとします。ところが保険調剤薬局まで来ると、待ちくたびれていることも手伝って、同じ説明をもう一度繰り返すことを嫌がります。(S)情報を十分に集めるためには、なんとかして患者さんにお話をしてもらうための工夫や技術が必要となります。

(O)情報

通常、医師や看護婦向けの文献には、(O)情報は検査値やバイタルサインなどの客観的数値が主なものであると記されています。しかし、特徴の2番のように、これらの数値をデータとしてそろえるのは、不可能に近いと言えます。しかし実際には、(O)情報=数値のみではありません。「薬剤師として見た客観的な患者さん様子」も重要な情報です。そして、これは特徴の6番のように、保険調剤薬局においては、治療の成否が患者さんの認識や治療意欲に大きく左右されるため、保険調剤薬局での医療を考えるときに、重要な要素となります。

図5

 

(A)アセスメント

 ここはまさに保険調剤薬局としての医療が問われる部分でもあります。アセスメントしていく方向性がつかめないと、プロブレム自体も見出すことは出来ません。「POSに取り組んでみようとしたが、どう書いていいかわからず、結局うまく行かなかった。」というケースのほとんどは、わずかに得られた(S)や(O)情報からどうアセスメントして行けば良いかわからないからであると思われます。当薬局でも、最初はこのあたりでつまずくことが多く、ペンを握りしめて、SOSばかりの薬歴用紙を見つめ続ける光景がよく見られました。

 これは突き詰めて考えると、今、目の前にいる患者さんに対して、何をすれば良いのか、どうして行くのが開局薬剤師としての使命なのかが、「患者さんのため」という漠然としたイメージはあっても、具体的に明確になっていないからだと思われます。医薬分業が叫ばれ、分業率こそ毎年上昇してはおりますが、いまだ保険調剤薬局でどのような医療を目指して行けば良いか、しっかりとした概念が成り立っていないことが原因と思い至りました。

(P)プラン

 これも病院内と違って、毎日経過を追っていくことが出来るわけでもなく、その場で2~3分お話ししたあと、次に会えるのは2週間もしくは1カ月も後になります。従って、今後どうしていくかというような計画を綿密に立てていくことはむづかしい状況です。

 また、薬局で薬歴を記入するのは患者さんがお帰りになった後になります。従って、薬歴に記録される内容は、今薬局窓口においてどんな情報を得て、それをどう考え、どういうケアをプランし実施したかを記録する形になります。つまり(P)には、その時実際に行われたことを後から書くことになるわけです。

 SOAP形式には、どんな道筋でその情報を評価し、ケアの方向を決めて行ったかという診断のプロセスを、その通りに記録するという意味合いもあります。保険調剤薬局においては、この意味で(P)プランを捉えることとし、今行ったことを書くことにした方が実情に合っていると思われます。

 したがって(P)には、すでに行ったことの記録とこれからやっていきたい計画の2種類の内容が記述されることになります。当薬局では、次にやって欲しいことなど、今後の計画は四角く囲み、次の担当者に注意を促すとともに、(P)の中で区別するようにしています。

 

服薬ケア

 

この様に、どうしたらPOSを保険調剤薬局の医療の中に取り入れていくことが出来るかを試行錯誤するうちに、それが薬剤師の目指すべき医療の姿を形造っていくことに気がつきました。そこで、目指すべき医療の形を「服薬ケア」と名付け、薬剤師の医療概念の再構築を試みてみました。

図6

 

 「服薬ケアとは、患者さんに使用される医薬品の管理、及び、服薬に関わる事柄、認識、意志、人間関係など、服薬を中心とした 治療とその反応に対するケアである。」と定義してみました。

 「医薬品の管理」と「服薬に関する事柄に対するケア」は、薬そのものの管理からその使用法や使用した結果の作用、副作用まで含めて、情報を提供し、安全性と有効性を求めることで、薬剤師の専門的な担当分野です。これまでのいわゆる「服薬指導」がこれに当たります。

 「服薬を中心とした治療に対するケア」は、治療のための生活改善など、自己管理の元に行う治療全般に対するケアを含みます。薬を飲むという事とその結果は、生活改善や自己管理によるリハビリなどと密接に関連しますので、内容によっては、他の専門の医療職への引き継ぎも含めて、薬剤師という立場でケアしていきたいと思います。

 そして、「その反応に対するケア」とは、治療を行うにあたって患者さんという人間がその事実に対し、どう反応するかを、身体的、心理的、社会的な面まで含め、適確にフォローし、ケアしていくことを意味します。

 「服薬に関わる認識、意志、人間関係」も、ケアの対象となります。患者さんが薬を飲むという事、あるいは、医者にかかるという事に対しどう思っているのかは、治療を進めていくにあたっての意思決定に大きく関わってきます。また、薬を飲む事が職場や家庭内の人間関係に及ぼす影響も治療の成功に関わる大きな問題です。

 これらを踏まえた上で服薬ケアに於けるケアとは何かを具体的に考えてみると、「情報を提供し、薬という物や身体状況の管理を行い、薬識や病識を含めた治療に対する認識の適正化と感情の整理を助け、患者さんの自己決定による行動変容を促し、薬物治療やそれに伴う生活改善が成功するように支援すること。」と言えると思います。

 こうして服薬ケアを定義してみると、これは開局薬剤師のみが行うケアではないことに気づきます。たまたま、病院とは独立した医療機関である保険調剤薬局という場では、開局薬剤師は主に服薬ケアを行う事になりますが、病院薬剤師においては、役割の比重こそ仮に薬学診断体系とでも呼ぶべき薬学的ケアにあるとしても、病棟業務などにおいて、当然必要なケアであることがわかります。あるいは、ケアを受ける側の患者さんを中心に考えてみると、病院内の医療チームの中では薬剤師に限らず担当する医療職がそれぞれ役割分担しているだけで、薬物治療を中心とした大切なケアであることがわかります。

 

窓口対応

 

保険調剤薬局におけるケアの大部分は、薬局窓口において行われます。服薬ケアを実践する場として窓口での実際の対応は非常に重要な位置を占める事になります。そこで、服薬ケアを実践する具体的な行為として、窓口対応を次のように定義してみました。

図7

 

 「窓口対応とは、薬局窓口において、薬剤交付、患者インタビュー、情報提供、服薬ガイダンス、服薬コンサルテーション、服薬カウンセリングなど、服薬ケアに必要な対応をすること。」と定義します。

 「薬剤交付」とは、純粋に薬を患者さんにお渡しすることを指し、これまでの「投薬」という言葉が「服薬指導」することも含めた意味で使われていたのとは異なります。

 「患者インタビュー」は、服薬ケアに必要な患者情報をインタビューすることで、問診票の記入や、窓口で患者さんとお話ししながら(S)情報や(O)情報を集めることにあたります。

 「情報提供」と「服薬ガイダンス」は、ともに、必要な情報を提供することですが、ここでは、「情報提供」は患者さんの違いに左右されない、薬や疾患に対する固有の情報、「服薬ガイダンス」は、それぞれの患者さんの条件に合わせたその患者さん特有の情報というように区別しています。

 「服薬ガイダンス」、「服薬コンサルテーション」、「服薬カウンセリング」は、患者さんの状態に合わせて行うケアの違いを表しています。これまでの「服薬指導」では、この3つは特に区別することなく行われていたと思われます。しかしその結果、一生懸命説明してその場では「わかった」と言ったのに、しばらくするとまた同じ質問が繰り返されたり、熱意を持って服薬の重要性を説けば説くほど、患者さんはありがた迷惑な顔をして、後で聞くと結局は飲んでいなかったなどということが多かったような気がします。

 これは、感情面での患者さんの受け入れ態勢を考慮せず、「大事なことだから言っておかなくては」という、医療者側の一方的な「指導」のみが行われていた結果であると思われます。しかし、これでは有効な治療効果は望めません。服薬ケアを提供するわれわれ医療者の側は、この3つを明確に使い分け、患者さんにとって本当に有効なケアを、的確に行っていきたいと思います。

 

感情への着目

 

図8

 

 この様に服薬ケアを考えてみたとき、これは、単に「投薬」や「服薬指導」という言葉を置き換えただけでなく、それらを含んだもっと大きなケアの概念であることがわかります。そしてポイントとなる視点は、感情への着目です。

 これまで、同じ説明を何度も繰り返してもなかなかわかってもらえなかったりすることが良くありました。これは、どうやって飲むとか、どんな作用があるとか、事実や事柄に捕らわれるあまり、患者さんの感情に配慮することが出来ず、不安な気持ちを受け止めることすら出来ていなかったため、こちらの説明を受け取ることが出来なかったのだと思われます。まずは感情に着目し、薬を飲むということに対する不安や恐れに充分共感して、患者さんが心を開き、我々が提供する情報をきちんと受け取れる状態になってから、適切なガイダンスをする必要があると痛感しました。

 

まとめ

 

図9

 

 このように、「服薬ケア」という概念は、

  1. 開局薬剤師が目指すべき医療のあり方を明らかにした。
  2. 「投薬」や「服薬指導」という言葉を単に置き換えただけではない、それらを包括したもっと大きなケアの概念である。
  3. 薬剤師に限らず、服薬を中心とした治療において、医療者が今後目指していくべき方向性を指し示すものである。

 

ということがわかってきました。

 POSを用いるにあたっても、アセスメントしていく方向性が明らかになってくると、プロブレムを見出し、適切なケアプランを導き出すことが、可能になってきました。今後服薬ケアの概念に基づいた診断体系を構築していくことにより、より容易に、そして適確にケアを提供していきたいと思います。

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