服薬ケアと薬識

〜Patient Orientedな薬物治療成功のために〜

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服薬ケア研究室


第23回日本POS医療学会にて発表

日付:平成13年3月24日(土)、3月25日(日)
会場:神戸国際会議場
演者:岡村祐聡


目 次


初めに

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図1

私は薬物治療を成功させ、患者さんのQOLを向上させるために、薬剤師が提供するケアの概念を「服薬ケア」と名付け、これまでも様々な機会に提言を行ってきました。

今回は「服薬ケアと薬識〜Patient Orientedな薬物治療成功のために〜」というテーマで、患者さんの心の状態が服薬行動にどう影響し、薬剤師がそこにどのように関わっていくことにより、日常生活の中で自主的に行なわれる外来患者さんの薬物治療を成功へと導くことができるのかを、「薬識」の概念を中心に考察してみたいと思います。

服薬ケア

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 服薬ケアについては、平成9年と10年の本学会のおいて、「服薬ケアとPOS」という演題にて既に報告いたしました。詳しくは学会誌をごらんいただくこととして、ここでは定義を掲げ簡単にお話いたします。

図2

「服薬ケアとは、患者さんに使用される医薬品の管理、及び、服薬に関わる事柄、認識、意志、人間関係など、服薬を中心とした治療全般とその反応に対するケアである。」と定義されています。

ここで大切なことは「服薬を中心とした治療全般を、我々薬剤師のケアの対象とします」と宣言していることです。内容によっては医師やしかるべき専門家へ引き継ぐことも含めて、薬物治療からそれに伴う生活改善まで含めて、薬剤師が責任を持ってケアしていきますよという意思表示を含んでいるのです。

服薬ケアにおけるケアとは何か

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図3

 

それでは少し違った言い方で何をすることが服薬ケアにあたるのかということを見てみますと、「日常生活の中で薬物治療を行ないながら、その中心である患者さんが、自己決定型の医療を受け、生活改善なども含めたQOLの向上を目指すことができるように支援するために必要なあらゆることを行なうこと」だと思います。

つまり、患者さん自身が自立した自己決定により、「QOLの向上を目指していこうという明確な意志を持って、薬物治療に取り組むこと」を支援していこうということなのです。場合によっては意志決定の部分から関与しながら、そのために必要な情報を提供したり、心の支えになることも含めて、すべてをケアしていきますということなのです。

薬識

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図4

 

薬識とは薬や薬を飲むということに対する認識のことで、単に「この薬は何の薬である」ということを知っているだけでなく、それが自分にとってどんな意味を持つものなのか、その薬を飲むということが自分の人生にどんな影響を及ぼすのか、なども含めた認識として、私は捉えています。

このように捉えることによって、薬識が患者さんの薬物治療のためのプロブレムを考えるにあたって、ケアの方向性を示唆する指標として大きなヒントを与えてくれるようになります。

薬識は元名城大学教授の二宮英先生らによって提出された概念です。これまで様々な言葉で説明されて来ましたが、明確な定義が存在しないようなので、1999年5月のつくばファーマシューティカルケア研究会において定義付けを試みたのが、この定義です。

薬識はベクトル

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図5

これを視覚的に表現してみると、このようにベクトルのように方向性のあるものだと考えることができます。つまり、単に薬について知っているというだけではないのです。

その薬は自分にとって大切なものだという認識で、「飲もう」「薬物治療を行なおう」という方向へ行動を導くものなのかという方向性を持ちます。これが副作用が怖いから飲みたくないという方向に薬識が形成されると、この矢印が逆を向いてしまうことになります。

また、この矢印には長さがあります。これはその方向へ行きたいという気持ちの大きさを表します。どうしても治りたいという気持ちが大きければ、薬物治療の成功も、生活改善への行動変容も、成功する可能性が高くなります。それは本人がその結果得られる状態を望んでいるからです。

また、この矢印には太さがあります。これはその方向へ行きたいという気持ちはあっても、その気持ちを持続する意志が弱いが強いかを表しています。意志が強ければ、日常生活の中でどんなに心が揺れてもやり遂げることができます。つまりはコンプライアンスが良く、生活改善が成功することになります。意志が弱ければ、そちらへ進みたい気持ちはあっても、何かのきっかけで挫折してしまったり、コンプライアンスが悪くなってしまったりします。

このベクトルとしての薬識の理解が、プロブレムの指標として薬識を利用するときに大切になってきます。また、自分がどんな人間なのか理解することによって、薬物治療や生活改善が成功するように努力することができるようになります。

このように薬識を捕らえると、患者さんの心の状態により、薬を飲む飲まないが変わって来る、つまり、薬識の状態により薬物治療の成否が決まってくることが良くわかります。したがって、薬識を指標にして適切な服薬ケアを考えていくようにすると、QOLのゴールに向かう望ましい薬識と現実の薬識の差がプロブレムであると言うことが出来ます。

薬識の相対性

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次にPatient Orientedな薬物治療を成功に導くために大切な観点は、薬識は相対的なものであるということです。

図6

例えば、このように患者さんの薬識の形成が、理想的な状態で獲得できたとします。つまり薬物治療を成功へ導くだけの薬識として、認識の絶対値はしっかりと形成できている状態です。

日常生活の中で行なわれる外来患者さんの薬物治療の場合、日常の様々な出来事より薬識が大きな認識として形成されていれば、薬の飲み忘れはおきにくいものと考えられます.

ところが日常生活の中でその薬識よりもっと大きな気になることが現れた場合、相対的に薬識の重要性は患者さんの心の中で低くなります。したがって、コンプライアンスが低下する可能性が高くなります。

図7

このような日常的な重大事は、日頃から患者さんとの信頼関係を築き、人間関係をしっかりと作っておかなくては、聞かせてもらうことが出来ません。人間関係をしっかりと築き、そうした日常の重大事件をお聞きして、薬識が相対的に埋もれてしまうことを防ぐことが大切なケアになります。

薬識の分類

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薬識の状態が把握できれば、それに対するケアの方向性もある程度準備することが出来ます。そのためには薬識をある程度分類して整理する必要はあると思います。

図8

まず考えられるのが、医療そのものへの不信、あるいは「ちゃんと話を聞いてもらえなかった」というような、今回の診察での対応への不信です。このような不信がある場合、医師や薬剤師の言葉をそのとおりに受け取ることができず、薬識の形成が適切に行われません。

次に考えられるのは、過去の経験から来る薬識のゆがみです。過去に副作用で辛い思いをした経験があったり、逆に劇的に効いた薬があって、その薬でなければ絶対にイヤだと言い張る場合などがあります。

それから自己認識と現実のギャップが大きい場合、いろいろな方向からの薬識のゆがみを生じます。例えば肉親が亡くなって「早く死にたい」などと、生きる目的を失ってしまっている場合。それから、病気が治らないことを悲観して先行きへの不安から「どうせこんな薬飲んだって治りはしない」と投げやりになってしまう場合などもあります。

図9

他には薬に対して過度の期待を持っていて、早くよくなりたいから決められた量よりたくさん飲むとか、期待したほどよくならないために逆に治療を続ける意欲を無くしてしまう場合などもあります。

それから、「薬なんてどうせ気休めだよ」と過小な期待しか抱いていない場合や、「どうせ私は死ぬのだから飲んでも飲まなくっても同じよ」と投げやりになったりすることもあります。

薬を間違って覚えていたり、病識が不足していたり、素人の勝手な判断で治療に変更を加えたりすることも、薬識のゆがみの一部だと言えると思います。

薬識が揺らぐものであり、相対的に捉えられる点については、既に述べたとおりです。

ここで注意が必要なことは、服薬ケアの基本はそれぞれの患者さんごとに異なる問題点を、丁寧に拾い上げていくことですから、分類した枠が一人歩きして現実の患者さんをその枠に押し込めて考えるようなことにならないようにしなければならないということだと思います。つまりPatient Orientedなケアを忘れないことだと思います。

今後の課題

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図10

同じ注意は今後の課題にも言えることですが、薬識を出来るだけ客観性を持たせた指標として扱うには、核となる部分という意味で標準化は必要だと考えます。

今後の課題としては、

  1. 薬識の分類とそれぞれに対するケアの標準化は可能かどうか。
  2. 薬識の確認の精度を上げるためのコミュニケーション技法の向上。
  3. 本人の意識がしっかりしていない場合の確認方法もしくはガイドライン。

 

などが考えられると思われます。

以上、まだまだ薬識の研究は途中ではありますが、服薬行動の基としての薬識を把握することによって、薬物治療をより確実に成功へ導くことが出来ると考えております。

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