「服薬ケア」とPOS(2)

〜保険調剤薬局における医療を考える(続報)〜

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第20回日本POS医療学会にて発表

日付:平成10年2月28日(土)、3月1日(日)
会場:明石市民会館(他)
演者:今川薬局 岡村祐聡


目 次


初めに

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図1

 昨年、第19回日本POS医療学会において報告したように、今川薬局では保険調剤薬局における医療概念の再構築を試み、それを「服薬ケア」と名付け、POSの考え方に沿って取り組んでみることにより新たな方向性を見出すことができました。

そこで今回は、その続報として「服薬ケア」の特徴的部分であり、保険調剤薬局においてPOSに取り組む上でのポイントとなる「感情への着目」、「薬識」、「Quority Of Life」など、患者さんの心の中にある事柄を中心に考察を深めてみたいと思います。

服薬ケア

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 服薬ケアに付いての詳しい考察は、すでに昨年の本学会に報告済みですので、ここでは定義のみ再確認してみたいと思います。

図2

「服薬ケアとは、患者さんに使用される医薬品の管理、及び、服薬に関わる事柄、認識、意志、人間関係など、服薬を中心とした治療とその反応に対するケアである。」と定義されています。

それでは、保険調剤薬局の窓口において、具体的にどんなことをするのが「服薬ケア」であるのか、ここでもう一度考えてみたいと思います。

服薬ケアにおけるケアとは何か

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図3

 

 それは、「情報を提供し、薬という物や身体状況の管理を行い、患者さんの自己決定による行動変容を促し、薬物治療やそれに伴う生活改善が成功するように支援すること。」と言えると思います。

 「情報を提供し、薬という物や身体状況の管理を行う」とは、これまでのいわゆる「服薬指導」と言われる部分に当たります。薬の説明をし、薬そのものの管理や、服薬に伴う副作用、相互作用のチェックなど、開局薬剤師にとって絶対におそろかにはできない基本的ケアです。薬歴をもとにして、かかりつけ薬局としての有効性を発揮できる部分だと思います。

 次に「患者さんの自己決定による行動変容を促し、薬物治療やそれに伴う生活改善が成功するように支援すること。」の部分が、服薬ケアの中で特徴的な部分です。今回はこの部分について、もう少し考えてみたいと思います。

現代の医療の目的

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図4

 

現代医療の目的は、疾病構造の変化により救命救急からQOLの向上へと、その重点を移していると言われています。その中でも特に、外来通院である保険調剤薬局の患者さんは、そのほとんどが生活習慣病の患者さんで占められています。生活習慣病の患者さんは、これからも長い間薬を飲み続けながら生活していくわけで、その方々への医療の目的はほとんどすべてがQOLの向上を目指したものと言って間違いないと思います。

ここで言うQOLとは、言うまでもなく患者さんにとっての「人生の質」であり、医療者にとっての理想ではありません。患者さんにとっての「人生の質」とは、患者さんの人生観そのものです。つまり、われわれ医療者は患者さんの人生の質の向上のためにケアをしていくわけですが、患者さんがどんな人生を価値のあるものと考えているのかをお聞きしなければ、ケアの方向性すら見出すことは出来ないはずです。言い換えるとQOLは患者さんの心の中にあると言って良いと思います。そのためには、患者さんの感情に着目し、その患者さんにとってのQOLをお聞きして行くことが不可欠だと考えます。

自立支援

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日本の医療現場では、伝統的にいわゆる「お任せ型医療」と言われる依存的な体質が、患者さんの側にも多く見られます。このような依存的な体質の場合、その患者さんにQOLをお聞きしても、なかなか明確な意思決定が出来ないことがあります。

特に保険調剤薬局は、病院とは違う独立した医療機関であるため、患者さんが病院内では言えなかった訴えを持ち込まれることがあります。お話をお聞きする我々は、処方した医師または病院と患者さんとの間に立たされてしまい、解決の糸口が見出せない状況での訴えに耳を傾けなければなりません。

こんな患者さんの多くは、依存的な体質のままに不安や不満を訴えており、結局自分でどうしていけば良いか自己決定できないことが、不安や不満の原因になっていることが多いようです。

昨年の第19回日本POS医療学会で特別講演されたCOMLの辻本好子氏も指摘されていましたが、インフォームド・コンセントは、医療者だけの問題でなく、患者さんの側にも、自分の治療に対して出来る限り理解をして、自分自身が主体的に治療に取り組む努力をする責務があると考えます。そこまで自立した関係が成り立ってこそ、初めてインフォームド・コンセントが本当の意味で生きてくるのだと思います。

図5

こんな自己決定が出来ない患者さんの場合、コミュニケーション技法を的確に用いて、患者さんが自立し、自己決定による行動変容を起こすことが出来るように支援することが、服薬ケアの大きな役割であると考えています。

薬識

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保険調剤薬局でのPOSを考えるとき、プロブレムが取り上げにくいと言われることが良くあります。それは先ほど述べたように、保険調剤薬局を訪れる患者さんの多くが生活習慣病の方であり、慢性的な症状のため、処方も変わりなし、症状も変化なしと言うことが多いためと考えられます。

こんな時、薬識の概念を導入し、薬識を指標として考えていくと、その時々にその患者さんに必要なケアを見出すことが容易になります。これがプロブレムです。

それでは、薬識とはどんな考え方なのでしょうか。

図6

「薬識とは、患者さんが服薬に関するケアを、自分自身で行うことを目標にして持つ、薬や服薬に関する知識、認識のすべて」を言います。自分の病気に対する認識を「病識」と呼ぶのに対して、薬に対する認識を「薬識」と理解されることがありますが、私はそれだけの範囲に限らずに、薬や、薬を飲むと言うこと、あるいは、薬物治療に対してどう認識しているかまでを含めた、もう少し大きな概念と考えています。

薬識の考え方の特徴をいくつか挙げてみました。

まず、「薬識は時にゆらぐものである。薬剤師は常に的確な情報を提供する事により、『不確かさ』を『確かさ』に変え、不安、疑心を取り除かなくてはならない。」ということです。

よく生活習慣病など慢性的疾患の患者さんの場合、同じ処方がずーっと続き、説明も一通りしてしまうと、何も言うことがなくなってしまうという声が聞かれます。しかしこれは、薬剤師の側が何も言うことがなくなっただけであり、患者さんが何も必要としなくなったわけではないと思います。こんな時薬識を指標に患者さんを見ていくと、薬識のゆらぎを追うことにより、今必要なケア、プロブレムを発見することが出来るようになります。

次に、「患者さんが薬識を持つということは、自らの薬物療法についての意思決定をして、療養への行動を起こすことである。」と言うのは、ただ、「この薬は何の薬である。」とわかっているだけではだめであって、その薬が自分にとってどんなものであり、自分がどうしていけば良いかをきちんと認識して、行動できるようにならなければならないと言うことです。

「薬識は一人一人の患者さんが自ら会得するもので、その人の薬物療法の拠り所となるものである。決して薬剤師が与えるもの、そのものではない。」と言うのは、そのとおりだと思います。医療者側の視点で、「こう説明した。」と言う内容と、患者さんが「このように受け取った。」と言う内容は、必ずしも一致しません。あくまで、患者さんの側の認識をもとに考えなくてはなりません。

「薬物療法におけるインフォームド・コンセントは、患者さんが確固とした薬識を持つことによって目的を達成したことになる。」わけです。既に述べたように、インフォームド・コンセントは医療者側だけの問題ではありません。自己決定による主体的な薬物治療への取り組みが出来るだけの薬識を持つことが出来れば、それがインフォームド・コンセントをより確かなものにできると考えます。

薬識を指標としてプロブレムを考えていくときの様子をイラストにして見ました。

図7

このようにQOLのゴールに向かって、薬物療法を続けて行くにあたって理想的な薬識から、理想的でない薬識が見つかった場合、その差をプロブレムとして取り上げて、理想的な薬識に近づけるようにケアをしていくことで、患者さんのQOLの向上を目指すことが出来るわけです。ここで言う理想的な薬識とは、言うまでもなく患者さんにとって理想的な薬識です。医療者にとって理想的と思われるものとまったくイコールではないことに、注意する必要があります。そのためには、感情へ着目して、患者さんにとっての理想的な薬識を常に確認しながら、注意深くケアを進めていく必要があります。

症例紹介

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それでは、服薬ケアが患者さんの行動変容につながった最近の症例を一つだけ、紹介いたします。

図8

この患者さんは、68歳の男性です。平成5年2月より通院を開始され、初回より今川薬局へおいでいただいております。初診時の診察所見は高血圧でした。初診時は自分で歩いて病院を訪れましたが、現在は歩行困難にてリハビリ中です。しかし、通院意欲を無くし、平成9年11月より通院していません。途中入院歴もあります。

この時来局されたのはご本人ではなく、奥様でした。相談の要点はOHPに記載のとおりですが、一番の主旨は「医師に内緒で薬を飲むのを止めたい。どれを止めたら良いか教えてほしい。」と言うものです。この相談の背景には、医師や病院に対する不信や疑心があります。しかし、依存心も強くあり、自分の気持ちをそのまま医師に伝えることが出来ず、内緒で薬を飲むのを止めようと思って相談に来たわけです。

そこで患者さんのお話を十分にお聞きして、コミュニケーション技法を用い、患者さんの感情に十分共感してから、今のご自分の気持ちを医師にお話することを勧めました。患者さんのお話は2〜3回堂々巡りをした後、やがては自分で医師にありのままの気持ちを話して、薬について相談する決心をされました。

2週間後に来られたときはご覧のように処方薬は半減しました。しかし、薬が減ったことよりも、医師に自分の気持ちを素直に話すことが出来、それを分かってもらえたことの喜びが大きく、不信や疑心は取り除かれ、治療に対する意欲も取り戻しました。それを聞いたご本人も意欲を取り戻され、通院を再開し、リハビリにも通うようになりました。

このケースからプロブレムを取り上げるとすると、

#Problem 副作用の疑い。
#Problem 治療の成り行きに対する不安、疑い。
#Problem 医師または医療機関への不信。

などになると思います。

このように、保険調剤薬局では病院内で見せている患者さんの顔とは違った面を垣間見ることが多くあります。どんな場合でも患者さんのQOLの向上のためにお役に立てる有効なケアを提供していきたいと考えます。

まとめ

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図9

まとめです。

  1. 現代医療の目的地であるQOLは、患者さんの心の中にあるものであり、患者さんの感情に着目し、その患者さんにとってのQOLをお聞きすることが必要である。
  2. QOLのゴールを自分で明確に描くことのできない患者さんに対しては、コミュニケーション技法を用いて、その自己決定を支援していくことが大切なケアである。
  3. プロブレムを見出すための指標としては、患者さんの薬識に着目する。薬識の変化を追っていくことにより、保険調剤薬局において必要とされかつ可能であるケアを見出すことができるようになる。

 

今回考察を試みた結果よりまとめとして以上のことが言えると思います。

以上報告を終わります。

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